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あなたとわたしの線引き

思考 人間 読書 感想

いつぞや流行ったこれ。

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

 

 

これを読んでから、今までおぼろげに感じてたことをより意識するようになった。

 

なんだかもやもや感じている非言語的な感情を、誰かが言語化してくれて、まさに自分の感覚とマッチというかフィットというか、はまった時ってすごくいいですよね。そういう感じはすごくすごく好きである。

 

多分記憶に残っている一番古いそれの体験は、中2か高2か覚えてないけど、国語の教科書で読んだ「山月記」の”臆病な自尊心と尊大な羞恥心”。この人すげぇぇぇぇぇって、子供心に感動した。もしかしたら、文学ってそういうことのためにあるのかな?気づいたら活字離れしちゃって、おかげで語彙力貧弱で苦労してますけど。

 

さて。

嫌われる勇気を読んで、言語化できた感覚は、すごく健全な意味での「人と人の線引き」。

 

全ての悩みは対人関係だって言ったアドラーもすごい「いいな」って思ったけど。

 

本読んだのは結構前なので、記憶はおぼろげなのだけど、「自分はここまで頑張る、その先は相手が決めること」みたいな文章だったか内容だったか、そこがすごくすごく自分にはささった。

 

お互い自立しているんだけど突き放しているわけではなくて、諦めているんだけど悲観的ではなくて、情の押し売りも強要もなく、だけどもっと大きな愛にあふれていて、まさにお互いが尊重された、自由意思にもとづいた関係性って感じがして、自分が求めているのはこれだし皆こうなったらすごくいいのにって思った次第です。

 

  …語彙力が貧弱って切ないのぅ(´・ω・`)しょぼ

 

これって結局、自分が相手に左右されないので、不安要素がなくなって、迷いや不安もなくなるということだと思うんですが、それをアドラーは「自由」と呼んだのだと思うのですが、それって何かを決断する時もそうだと思うの。

 

自分は占いなんてやってるもんで、人のを見させて頂いたり、色々相談に乗らせて頂いたりすることもあるのだけど、その時のわたしのスタンスとしては、「わたしの回答としてはこれ、どう判断するかはあなた次第」なのです。別に都市伝説のあの人になりたいわけじゃないけど。っていうかみんなそうだと思うけどね、世の中のまともなアドバイザー・セラピストたちは。

 

それって別に悪い意味での無責任でもなんでもなくて、むしろ当然というか、だってあなたの人生わたしは絶対にしょえないし、身代わり(?)もできないし、だからむしろある意味まさに「無責任」なのですけど。自分の人生、自分しか責任とれないよ。

 

そこの感覚が同じような人間同士だと、大変気持ちの良い関係が築けるのだけど、その前提が理解できない人が相手だと、なかなかお互い、不幸な結果になりやすいですよね。

 

と思った出来事があったから、少し吐き出すために書いた。

 

期待はしてもいいけど、強要するのは違うんだよねー。

 

 

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