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心理的な安全を確保したい

5月ですね。1、2日は会社が休みで地元の方に帰ってきてます。

心理的な安全を確保したい

最近個人的なテーマとして「心理的安全」が気になっている。

言葉にしていないだけで前からこだわっていた気がする。上司という役割になったことがないので職場で影響力をもってそういった場所を作る、ということができないのだけど、幸いにも部下として、(おそらく自分の培ってきたキャラ的なところも手伝って)、比較的自由に発言ができる環境にはいてこれた。それで、そういう私の言動をみて周りの人もどんどん自分の意見を言えるようになったらいいのにな、と思っているところもある。

リーダーなら絶対意識しておきたい、心理的に安全な場をつくるということ | ナカシマガジン

言いたいことも言えないそんな世の中じゃって昔流行りましたが、まぁ一般的な日本企業じゃ言えないことが普通なのかなーとも思う。4か所の企業体にしかいたことがないし、所謂大手にいたことがないからわからないんだけど。

多分、究極合理的思考の人は、心理的に安全な土壌を築きやすいんだと思うけど(だってその方が組織にとって有益なんだから)、変なプライドがある人とか、the日本社会みたいなのに縛られいていると上ガー、下ガーとか言い出して、弱い立場の人にそれを押し付けるのだ。変なプレッシャーをかけたりさ。あとはthe体育会系の人とか。”上の言うことは絶対”みたいな、反論NGみたいな空気って本当に理解に苦しむわ。

新人時代、とにかく言われたことをし続ける期間っていうのは、必要なんだろうなとは思う。でもそれは自分の中で納得感がないと意味がない。なぜそれが必要なのか?説明させるなとか、自分で考えろっていう上司の言い分はわからんでもないけど、考えた結果の答え合わせがないなら消化不良でただ時間だけが過ぎていって、お互い不幸になるだけだよ。もちろん、新人は仕事に対しての経験/知見が少ないのだから、黙って聞いとけって言われたらそれまでだけど、、。教える人がそんなに偉いんかな?ここはちょっと余談。

 

上の記事を読んで思ったのは、私が評価をあまり気にしてないってことだ。今の会社がだめになったらまた次があると思っているし、家庭を支えているわけでもないから、そういう意味でプレッシャーがないのだろうよ(そろそろいい年齢になってきてしまったからそうも言ってらんないけど)。家庭も持ってて、家のローンもあって、40歳位の男性だとしたら、下手なこと言ってクビになったらいけないって、上司の評価を下げたらいけないって、思うところがあってもそりゃあ黙るよね。守るものがあるということはそういうことだ。それは強さでもあり、弱さでもあり...。いやー独身貴族はいいですな。今が一生続けばいいのに。無理だけど。

すべての人間関係で必要だが

心理的安全って、何も企業やチームの中だけで必要なことじゃなくて、家族や恋人、友人間でも絶対に絶対に絶対に必要なことだよね。お互いに心理的安全が確保されている関係の中では、おそらく自己肯定感も高まるし、自信がつくし、自分が価値ある人間だって、生きていていい人間だって意識が強まる。私がほんとうに心を許せるのはそれが確保された関係だけだ。

上の記事で書かれている

無知だと思われるリスク
無能だと思われるリスク
ネガティブだと思われるリスク
邪魔をする人だと思われるリスク

って、 よく漫画とかである(自分の体験がないので二次元から)”いい子を演じる子供”とか、”友人に見栄を張る自分”とか、”恋人に強がる自分”とか、自分を偽ることにつながるわけでしょ。そんで1つの嘘を隠すためにまた次の嘘をついていって、、いびつな何かができあがるんでしょ。...って書いてて、ニワトリとタマゴみたいな話かもしれないって思い始めた。心理的安全を構築できる人間は、元々そういう環境にいたからだという。。

自己肯定できる人じゃないと、他人も(フラットな意味で)肯定できないと思うんだけど、自己肯定できるためには小さい頃に周りから肯定されてないと多分なかなか難しい(絶対とは言わない、人はいつだって変われると思っているので)。

 

心理的安全って、別に何言ってもいいわけじゃない。当たり前だけど。お互いの安全を確保する必要があるんだから、無意味に傷つけたり、相手の尊厳を貶めることも言っていいわけじゃない。むしろ、お互いを尊重すること。あなた(私)のことは全て受け止めてもらえるよっていう信頼関係。

社員一人ひとりが会社で本来の自分を曝け出すことができること、そして、それを受け入れるための「心理的安全性」、つまり他者への心遣いや共感、理解力を醸成することが、間接的にではあるが、チームの生産性を高めることにつながる。

それがチーム全員の間で成り立ってればいいけど、そうじゃない時、、私はどうにかせねば!と思ってしまうんだけど、これがなかなか難しい。人間関係なんて、何がどう転ぶかわからないから。人生ゲームみたいに、何回かやりこんで分岐がわかってればいいのにねってよく思うんだけど。今の判断の、何が良い・正しいなんてわからないよね。未来で振り返ってみた時、初めて”今”は評価できるんだ。

 

↓めっちゃ参考になる。これだよこれ。

 心理的安全性の高いチームを作るための取り組み | Social Change!

マネージャはメンバーを信頼するところから始まる。メンバーにしてみれば、もし信頼されていないと感じれば、安心して発言することなどできないだろう。だから、そもそも信頼できる人を採用すべきだ。私たちは採用にとても時間をかけている。

 

信頼関係を築くには、大きな成果で見せるのではなく、少しずつ成果を出していくこと、小さな約束を守り続けること、コミュニケーションをこまめに取ることだろう。

 

また、経営者の発言に一貫性があり、判断が公平であること。言うことがコロコロ変わる人の元では安心できない。そのためにチームに共通の価値観があると良い。

 

* * *

 

一緒に働く仲間のことを、一人の人間として見ることも大事だ。人をリソースと見ると敬意が失われる。立派な大人として敬意を持って接しよう。人は子供扱いされると子供のように振る舞うし、大人として扱われると大人として振る舞うものだ。

 

そのために、互いの考え方の根底にある人生観や、家族のことや将来の夢などパーソナルな面を知るのも良い。行動原理の背景にあるものを知ることも安心を生む材料となる。私たちは、合宿やリモート飲み会、家族旅行を通じて取り組んでいる。

 

感情に任せた発言や怒ったりもしない。それは誰も得しないからだ。もし失敗があったとしても、当事者の能力ではなく、仕組みを疑うべきだ。改善できるものは、コントロールできるものだけだ。

 

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チーム内での情報格差をなくすと良いだろう。良いことも悪いこともオープンに伝えることで、情報を持つことでの駆け引きなどなくなる。私たちは、人事権や個人評価すらなくしたので、情報の駆け引きどころの話ではない。

 

人手は足りていない位がちょうど良い。顧客や市場だけ見ていた方が協力しあえる。よく言われる「問題対私たち」の構図を作るためだ。

 

どんな仕事だって、本人が納得して取り組めることが生産性を高めることになる。そのためには、あらゆる取り組みを論理的に説明している。ロジックが通っていることが大前提、その上で感情に訴えかけるのだ。ただの根性論では安心できない。

 

チームが機能するとはどういうことか――「学習力」と「実行力」を高める実践アプローチ

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