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客は神様じゃない

気付けば今月も給料日を過ぎて、あと数日で終わってしまうという驚き。

 

自分の中で、決めたいこと、やりたいこと等がありすぎるのにできてなくて、フラストレーションたまってました。別に今も解決できたわけじゃないけど少し目途がついたので更新。占いやってて思うこと。

 

客は神様か?

「お客様は神様です」っていわゆる世間の横柄な態度の客が「オラオラ」って感じで使うイメージだったのですけど(クレイマーとも言う)、調べてみると、元々三波春夫さんという方の言葉らしいですね。(有名な方なのでしょうか?無知ですみません)

 

そしてやはり、彼が本来意図していた意味とは間違って使われているようです。


「お客様は神様です」の本来の意味を知ってほしい - NAVER まとめ

 


「お客様は神様です」について

 

貨幣経済の弊害?

私この感覚(オラオラな感覚の方)がまったく理解できなくて、既述みたいなクレイマーまでいかなくても、店員に対してめっちゃ上から目線になる男とか女とか、結構いると思うんですけど、理解ができなくて。

 

で、これは、多分貨幣経済になって、「お金」が力を持ちすぎたことが、クレーマー以外にも、色んな人間の歪みを生じさせてるんだと思うに至りました。

 

物々交換の時代までさかのぼると(具体的にいつかはわからないけど昔々)、サービスを受ける方(客)は、相手(提供者)の希望に合ったサービスを、自分も用意する必要があって(サービス業はなかったのかもしれないから基本は物と物なのだろうか…でも靴磨きとかもあるのかな)、相手(提供者)が気に入らないとそのサービスを受けられなかった。ということは客と店はかなり対等、というかこう書くとむしろ客の方が下にすら思える。

 

それが、何でも交換できる魔法の貝(貨幣ね)が生まれて、それは便利だってんで通貨を造る人たちがどんどん力を持っていった(ユダヤね)、という話は池上彰さんの本で、かすかに読んだのだけど。

 

そもそも貨幣自体に「物質的な」価値はないはずなんだけど、皆で「理論的な」価値を与えてるだけなんだけど、貨幣経済が当たり前になってしまった現代では、お金が全てで、金を持ってれば偉い・金を持ってれば何でもできる、みたいな勘違い風潮が強まってしまったんだと思う。

 

まぁ事実、金があればある程度のことはできるし、「まともな」金というのは、多くの人の感謝から生まれているということは否定しないです。感謝が形に変わったのがお金だと。金に理論的な価値が与えられてる時代である以上、その通りなんでしょう。

 

だけど、貨幣経済が崩壊したら、どうなるんでしょうね。金だ金だ言ってる人たちは、あまりそういうこと考えないんだろうけど。

 

客も提供者も対等、というよりむしろ

金を持っているということは、自分の得意分野では力を持っている人間、ということになる。でも、「お金を出す=自分の得意分野でないところ/自分が不可能な部分でサービスの提供を受けてる」ってところを忘れてはいかんと思うのですよ(ベンチャーキャピタル的な投資的な話は置いておきますわ)。

  

個人的には、客とか提供者とか考えずに、どちらも、いち人間として、敬意と礼節をもって対応すべきだと思っている。だから、自分が客であれば、提供者にも過剰な愛想やサービスは求めないけど、最低限の敬意と礼節は求める。自分が提供者であれば、客にこびへつらうことはしないし、相手にも最低限の敬意と礼節を求める。

 

金がなくなってしまえば、ただの人と人の付き合いだから。

 

知らないと損する 池上彰のお金の学校 (朝日新書)

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