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この世には明確に否定できるものなんてあんまりない

わたしはてんびんガールと名乗っているだけあって、占いが好きです。占い師になる予定です。余談ですがそのうちメール鑑定始めようかと思ってます♪

 

そして占いだけでなく、目に見える「物」よりも、目に見えないもの・・・精神的なもの、哲学的なもの、宇宙的なものに価値があると感じるタイプです。別に霊感があるとか、守護霊がみえるとか何かの声が聞こえるとか、そういうことは一切ありません。OAスキルもそれなりにありますし、仕事もきっちりやりますし、ビジネス書やノウハウ本も読みます。ニュースも見ます。

 

でも、目に見える世界が全てと思っていないし、むしろ見えない世界の方に真実や叡智が隠されていると思ってます。本気で。だから例えば、仕事が人生の全てと思えなかったり、仕事で何か結果を残すことに価値を感じるってことができないのだと思います。(占星術でみるとまさにそういうタイプであることが顕著に現れているのですが)

 

具体例でいうと、占い(色々ありますが)は一定の精度をもって私たちに何らかの影響を与えているだろうとか、「気」は存在するのでかめはめ波とか空飛ぶことはきっと可能だろうとか、地球外生命体はいるだろうとか、生まれ変わりは絶対あるだろうとか、アトランティス文明はあっただろうとか、魂の本質は一元的世界から落ちてきていずれそこに帰っていくんだとか、そんな感じでしょうか。

 

現代社会、特に日本では、そういう目に見えない世界のことやよくわからない世界のことを「オカルト」と呼び、異端扱いしたり、貶めようとしたり、小バカにしようとするきらいがあって(明確な意図をもっていなくても)、なんだか残念な気持ちになります。それはきっと誰かが意図してやっていたりするんだろうなとも思うのですが、「漫画」や「映画」などの題材になることで、「現実でない」ということを植え付けられているなと感じます。

 

世の中には色んな人がいて、生まれつきそういう「目に見えない世界」に全く無関心な人、否定的な人はいます。そして生まれもった資質はかなりの努力をしないと変わらないので、そのこと自体しょうがないとは思います。でも生まれ持った資質云々の前に、科学的に・論理的に考えても、明確に否定できるものなんて、この世にはあんまりないと思うんです。確かに簡単に肯定するのも難しいと思いますので「否定も肯定もできない」というのが正しいのかなと。

 

よく「オカルト」を否定する人の論理としては「見たことがない」「体験したことがない」というのが多いと思うんですけど、それって結局考えることを放棄しているだけだと思うし、言ってしまえば「井の中の蛙」なわけで。見たこともなく体験したこともないことは全て存在しないとなるなら、例えば世界地図だって怪しんでもいいはずかと。例えば過去の歴史だって怪しんでもいいはずかと。

 

教科書や、世間の常識、今の社会の権威が言っているからと何の疑いもなく情報をうのみにしている人って、かなり多いのではないかと思います。

 

別に全てのことに疑ってかかれ、ということを言ってるわけではないんですけど、よく、正しい思考のためにクリティカルシンキングが必要って言われますよね。それを現代の常識とされていることにも向けてみると、世界ってそんな簡単に否定できるものばかりでない、と気づくんじゃなかろうかと思います。

 

誰でもわかるクリティカルシンキング―それって、ホント?

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