祇園精舎の鐘の声

諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。たけき者も遂にはほろびぬ、ひとえに風の前の塵に同じ。

 

って中学の国語の授業で出てきた時にはかっこよくて感動して、生徒手帳に書き写して音読していた。あ、一応いうと平家物語の前文の最初のとこですよ。

ちょうどその頃付き合っていた人がいて、やきもち焼いたり(なんてかわいいものではなかった気がする)独占欲とか嫉妬とか不安とかで苦しい思いをしていた時で、全てのものは無常で、人の心も変わるんだ、なのに変わらないことを願うから苦しいんだ、というところまで(どうやったのかしらんけど)思い至り、いつか無常を乗り越えられる不動心を手に入れたいぜ、という決意を14歳の時にしたことは今でも結構覚えている。ディティールはちょっと曖昧だけど。

 

実際この世の全てのものは常に変化していて、全く同じ状態であることなんてあり得ない。転石苔むさずという諺、良い意味でも悪い意味でもいいのだけど(個人的には良い印象のが強い)、転石は苔むさないけど、そこにとどまってる、苔むしてる石もかつての石ではないわけで。場所が変わるのか状態が変わるのか、場所も状態も変わるのかの違いだけで確実に変化はある。

 

今この文字を打ち込んでる間にも一瞬一瞬時間が過ぎていってしまって、わたしの30歳の4月22日は少しずつ残りを減らしていっているわけだし、その間わたしの考えもぐるぐると回って、仮に1周したとしてもそれは元の考えと全く同じではないわけで。

 

西洋占星術は、上のような、同じ瞬間は二度とこないってそういう考えで、それをうまく表現してた動画があったのだけど探す気にならなかったので割愛。螺旋階段みたいなそんな感じで、同じ線の上をぐるぐる回ってると思いきや少しずつ前進してるみたいな。それに対して四柱推命のような東洋占星術は、一定の型にはめていくっていう話を多分松村潔先生の本で読んだ気がする。違うかも。

追記:動画みつけたので貼っておく。多分これ。西洋占星術とか関係なかったけど。

www.youtube.com

 

話は逸れたけど、わたしは今でも無常を乗り越えたいと思っているし不動心を手に入れたいと思っている。不動心というのは、変わらないこと、ではなくて、変わっていくことに対して動じないということ。無感動になるわけでも、無感情になるわけでも、気力を失うわけでもなくて。

 

変化は自然なことでこの世の道理だと頭では理解していても、変わってしまうことに対する不安や恐れがまだまだあって(もちろんその最たるものは死なわけだけど、ていうか死以外にあんまりないかもしらん)、そのことで心を乱さず打撃を受けず、余裕ですべてを受け入れられる自分でいたい。理想。

 

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