文字にすること

先ほど職場の同僚に対する愚痴を圧高めでこちらのブログに打ち殴っていたのですが、長文になってきたところ、疲労と、ある種の達成感と、なんか色々自重した結果下書き保存と相成りました。久しぶりに本当にむかついちゃったんですよね。冷静にならなきゃ。

やはり自分の感情や思考を文字にするのは大切だなぁ、と感じている今日この頃です。手書きかデジタルかの違いはおいておいて、語彙も少なく言語化がすごく苦手な人間としては、それでも文字の力は偉大だなぁと思うわけです。

私の認知特性が言語・抽象タイプというところもあると思いますが。

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このタイプの人は「言葉を見る」のが得意です。どういうことかというと、一度文字に落としたり、紙に書いてある文字を見たりした方が覚えやすいという特徴があるからです。 

ほんとこれ。

初対面の人の名前も、音だけじゃなくて漢字の字面も併せてじゃないとなかなか覚えにくい。漢字のある国でよかたー。(だから英単語はほんっと覚えにくい...)

 

話がそれましたが、感情や思考を文字にすることのよいところは、再考/推敲ができることだと思います。

まず、文字にするのは時間がかかる。頭でぼんやり考えているだけよりも、声に出すことよりも。手書きにしてもタイピングにしても、それなりの時間がかかる。時間がかかっている間に、また思いを巡らせられる。私のように気分が適度にころころ変化する人間は、書いてるうちに落ち着いてきたり、はたまた熱くなってきたり、温度感も変わります。

それから、言語というある種限定されたツールに落とし込むために、また色々考えます。それを推敲っていうのかもしれませんが。ある表現は、ある思いや感情のほんとうにほんとのところを表し切ることはできないかもしれないけれど、それでも何とかそこに押し込めることの意味は、それなりにあるんじゃないのかなーと最近は思ってます。言葉に無力さを感じたこともあったけれど。

 

できれば愚痴っぽい内容じゃなくてだけど、先月のブログ毎日更新チャレンジを経て、やっぱり日々の記録はつけていきたいなぁと思っているので、できる範囲で継続しようと思ってます。

自分語りが嫌いという人は一定数いると思うんだけど、そういう人は見なきゃいいんだよ、リンクをクリックしなきゃいいだけの話だよ。