できないことも増えるのかもしれないけど(´・ω・`)
最近、世代の異なる人たちと交流があります。自分はその中で、年上の方です。一回りも下の子たちと、同じ立場で色々話し合ったりなんやかんやしてるわけですよ。
個人的に自分は老害くそばばあに絶対なりたくねーなってずっと思ってまして、それに精神年齢も24歳位で止まってる気がしてるし、若者と話すの楽しいし特に問題はないのですけど。
それでもやっぱり、社会人10年やってるとどうしても違う。良い悪いじゃなくて、単純にそういうものなんだと思う。歳をとると、できることが増える。
先日書いたこれ、私は大体6つのチャネルをバランスよく使ってると思うんですけど、これは年の功もあるんだなと。
多分Cの情報収集して問題解決を考えることは仕事で身に付いたし(自主学習も含めて)、Bの価値観・信じるものとか慣習も経験から確信を得てるし、Sの人脈も、歳をとればそれだけ色んな人と関わることになる。改めて思うと、高校とか大学時代の自分とは、全然違うコーピングをしている。
あと社会人になったらマネーがありますので、IとかPhも金の力で色々幅が拡がる。いやもちろん規制の問題もあるわけですが。酒とか煙草とか性的なものとか。
Aの感情も、色んな経験を積めばそれだけ感情のストックも増える。まぁ逆に新鮮味がなくなって感情が落ち着いていくって面もあるのだろうけど。
できることが増えるからって、自分の経験を若者に押し付けたり、こうあるべきだと思ったり、自分が絶対だなんて微塵も思わないのだけど。
やっぱりここまで生き延びてきたのは、問題やストレスにぶちあたって、周りの人のお力添えやら自分のレジリエンスやらで何とか乗り越えて、その度に対処法を覚えたり、増やしたり、まぁうまくやってきた結果なんだな、と。それが(適切に?)歳をとるってことなんだなとしみじみ。一言でいえば経験ってことになるのかもしれないけれど。
問題の対処法を幅広く持ってるからって、この世が生きやすいとは全然思っていなくて、むしろ私は生きづらさを感じている方なんではなかろうか。生きづらさがあるからこそ、対処法を沢山持っているのかもしれない。持てる幸運もあると思ってるけど。
それでも最初に書いた通り、できないことも増える。
失敗、甘える、全力疾走(筋肉とか心肺機能が壊れる)、何も考えずに過ごす、とか
物事全てノーペイン・ノーゲインで、何かを得れば何かを失うんですよね。経験を得れば”未経験”というステータスを失うし、驚きや新鮮な気持ちも失うだろうし。表裏。
だから、若いのがいいとか年配は価値がないとか、その逆もしかりとか、そういうのは全くなくて。
ある局面においてはどちらが”有利”みたいなことはあるかもしれないけれど、裏表が変わっていってるだけというか、オセロのようにね。それをどうとらえてどう活かすかは、自分次第であるべきだよね、と思います。
でもやっぱり自分的には高校生に戻りたい(´・ω・`)
(あと肉体的機能のピークだなんだっていうのは、経年劣化だから仕方ない)
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